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「科学と情熱で、選手を支える。」―健大高崎野球部トレーナー・西亮介さんの挑戦

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甲子園常連校として全国に名を馳せる健大高崎高校野球部。その強さを支えているのは、グラウンドで躍動する選手たちだけではない。
チームの舞台裏には、選手の身体と心に寄り添うプロフェッショナルがいる。
西亮介さんは、メディカルとトレーニングの両面からチームを支えるトレーナーの一人。
理学療法士としての専門知識を生かし、選手一人ひとりと信頼関係を築きながら、日々のケアやコンディショニングを行っている。
今回は、西さんに健大高崎との関わりから甲子園に向けたサポート、そして世界的学術誌で評価された研究活動について話を伺った。

健大高崎高校野球部との関わりのきっかけや、現在のサポート体制について教えてください。
夏の大会に向けて、5月・6月の時期から暑さに身体を慣らす取り組みを始めています。
具体的には、なるべく厚着をして走るなどの“暑熱順化”を意識したトレーニングを、フィジカルトレーナーと相談しながら実施しました。
今年は試合の間隔も中1日程度と適度に空いていたので、疲労や張りが少なく、しっかり回復して次の試合に臨むことができたのは大きかったです。
試合後は睡眠や食事に加えて、特にピッチャーはアクティブリカバリーの考えのもとランニングなどを行い、体調管理を徹底しました。

選手との信頼関係を築く上で、日頃から心がけていることは何ですか?
今の時代、「これをやれ」と頭ごなしに言っても、なかなか受け入れてもらえないケースも多いです。
そのため、選手それぞれの性格や理解度に合わせて、話しかけ方や内容、声のトーンなどを変えながら接するようにしています。
また、今はSNSやネットの影響で情報が錯綜しており、正しくない情報を信じている選手もいます。
そんなときは頭ごなしに否定するのではなく、「医学的、科学的にはこういう根拠があるから、こうした方が良いと思うけど、どう?」と丁寧に伝えるよう心がけています。
選手たちは年齢も離れていて、もう子どものような存在。学校生活やプライベートの話なども交えながら、
硬軟織り交ぜたコミュニケーションで関係性を築いています。

健大高崎の選手たちを間近で支えてきて、特に印象に残っているエピソードはありますか?
やはり昨年の選抜優勝は強く印象に残っています。
ただ、その後の夏の大会で、当時エースだった佐藤選手が怪我をしてしまったことが、私にとって最も記憶に残る出来事です。
本人も非常に悔しかったと思いますし、私自身もメディカルトレーナーとして「防げなかったのか」と、悔しさと申し訳なさを強く感じました。
その後、約1年かけてようやく復帰できましたが、あのとき怪我がなければ、もっと成長していたのかもしれません。
ただ、その怪我をきっかけに本人が「怪我を防ぐにはこうしなければならない」と気づき、トレーニングに向き合うようになったのも事実です。
もともとトレーニングが好きなタイプではありませんでしたが、「下半身の強化がいかに大事か」を何度も説明し、冬場は一緒にメニューをこなしました。
結果として、彼にとっては大きな転機になったのかもしれません。
ただ、トレーナーとしてはやはり、怪我を防ぐ立場である以上、「申し訳なさ」のほうが今でも強く残っています。

甲子園に向けて選手に何かアドバイス等ありますか?
ここまで来たら、技術的な向上はもう大きくは望めません。
それよりも、これまで積み上げてきたものを最大限に発揮するために、「野球を楽しんでほしい」と伝えています。
また、過剰に力を入れてプレーに集中しすぎると、怪我のリスクも高まります。
自分のベストパフォーマンスを発揮することに集中して、それ以上を無理に狙わないこと。
無理なプレーが怪我に繋がることもあるので、とにかく「全力で楽しむ」ことを意識してもらいたいです。

これからは西トレーナーご自身についてお聞きします。

●「The American Journal of Sports Medicine」に掲載された論文について

論文のタイトルと内容について
【Anatomic, Functional, and Mechanical Risk Factors for Elbow Injury in the Throwing Athlete: A Prospective Cohort Study of 128 High School Baseball Players】
(投球動作を行う高校野球選手128名を対象とした肘の障害に関する前向きコホート研究)
 この論文では、これまで報告されてきた肘の障害リスク要因(可動域、筋力、フォーム、骨の構造など)を網羅的に解析し、
 最も肘の障害リスクに関係したのは「骨の構造」であると明らかにした。

世界的な学術誌に掲載された意義
世界に向けて情報発信をすることで、将来的に肘の怪我をする子どもたちが少しでも減る可能性がある。それが最大の意義だと思っています。
また、世界的に評価される学術誌に掲載されることで、研究としての信頼性が増し、
それを参考にしてくれる指導者やトレーナーが増えれば、より良い現場の環境づくりにつながると考えています。

また、野球に関する論文はこれまで数多く発表されており、投球による肘のケガに関するリスク要因もさまざま報告されてきました。
しかし、それらの要因同士の関係性は明確になっていませんでした。
今回の論文では、これまでに報告されてきたリスク要因
たとえば関節の可動域や筋力、投球フォーム、肘の形状などをすべて包括的に解析し、最も大きなリスクとされる要因が何かを明らかにしました。
新たな発見というよりは、既存の知見の中から「何が最も重要なリスク要因なのか」を科学的に整理したという点が意義ある成果だと考えています。
結果として、最も強く肘のケガと関係していたのは「肘の形状」でした。
この点を現場でもしっかりと見ていくべきだという提言ができたことは、大きな意味があると思っています。

学会誌内で1名だけに授与される『ビデオアブストラクト賞』を授与されたことについて。
この賞は、学術誌内で1名だけに贈られる名誉ある賞で、日本人で受賞した例は非常に少ないと思います。
最初は何の連絡か分からず戸惑いましたが、調べていくうちに非常に名誉なことであると実感し、これまでの努力が報われたような気持ちになりました。

今後の西トレーナーの活動について
現場での指導と研究活動の両立は、簡単なことではありませんが、自分自身の強みでもあると感じています。
今後も科学的根拠に基づいた指導や情報発信を通じて、野球界全体の安全性とパフォーマンス向上に貢献していきたいと考えています。

最終的には、本の執筆や講演活動などを通して、さらに知見を広め、いずれは教員として教育の現場に立てるような道も目指していけたらと思っています。

論文(PubMed):https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40159698/

🔷 西 亮介(にし・りょうすけ)プロフィール
所属: 東前橋整形外科病院 病棟リハビリテーション科 科長
資格: 理学療法士(PT)/スポーツ認定理学療法士/保健学修士/NASM-PES
専門分野: スポーツリハビリテーション、投球障害、足の外科、脊椎疾患、肘関節
🧪 研究・学術活動
2025年、「The American Journal of Sports Medicine(AJSM)」5月号に、成長期アスリートの投球障害に関する研究論文が掲載された。
同誌は世界的に権威あるスポーツ医学誌であり、日本人理学療法士による掲載は極めて稀。
さらに本研究は、毎号1本のみ選ばれる「Video Abstract賞」にも選出され、日本人としては極めて異例の快挙であり、
学会公式YouTubeでアニメーション動画としても世界に公開された。
本論文は、健大高崎高校硬式野球部で10年以上継続して収集した実測データに基づいており、肘関節障害の予測と予防の重要性を示したもの。
その他にも、多数の学会発表・論文執筆を通じて、スポーツ現場に根ざした研究活動を展開して
いる。
⚾ トレーナーとしての現場活動
健大高崎高校硬式野球部に10年以上帯同し、甲子園出場・全国優勝にも貢献。
選手一人ひとりの身体機能と動作を丁寧に評価し、医学的知見に基づいたリハビリ・障害予防・トレーニング指導を行う。
「スポーツ現場 × 研究」の融合を地道に体現する、全国でも希少な臨床家の一人。
🎙 活動の原点と想い
自身も高校球児時代にケガに苦しんだ経験を持ち、「ケガを言い訳にして欲しくない。
同じ悔しさを次世代には味わわせたくない」という強い思いから理学療法士・トレーナーの道へ。
「医学は進歩しているのに、現場に届いていない知識がまだまだある。情報が錯綜する時代だからこそ、
“科学的根拠とスポーツ現場”の間に立ち、正しい知識を選手や指導者に届けることが、
自分の役割だと考えています。」
💡 今後の展望
学校・地域・指導者・医療職と連携しながら、
講演・執筆・現場での指導活動を通じて、“障害ゼロ”のスポーツ環境づくりを広く展開していきたい。
西亮介インスタ: https://www.instagram.com/2222_ryosuke/
西亮介リサーチマップ:https://researchmap.jp/05252424
東前橋整形外科病院:https://www.hm-seikei.com
東前橋整形外科病院インスタ:https://www.instagram.com/hm_seikei/

【編集後記】
「研究者」と「現場のトレーナー」という2つの顔を持つ西亮介さん。
どちらか一方でも十分に大変な道を、あえて両輪で進む姿勢には、“野球をもっと安全に、そして強く”という強い使命感が滲んでいました。
目の前の選手に全力で向き合いながら、未来の選手たちのために論文を発信する――
そんな“ハイブリッド”な在り方こそが、これからのスポーツトレーナーの新しいロールモデルかもしれません。
健大高崎の快進撃の裏に、確かな知識と情熱があることを、あらためて実感させられる取材となりました。

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