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祝・国民栄誉賞受賞! 髙木美帆さんが語る「スポーツマンシップ」と「挑戦の軌跡」

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――スポーツマンシップサミット in Kiryu 2026&囲み取材全文記録

群馬県桐生市にて開催された「スポーツマンシップサミット in Kiryu 2026」。日本女子最多メダル獲得および国民栄誉賞受賞を果たしたスピードスケートの髙木美帆さんが登壇し、日本スポーツマンシップ協会会長の中村聡宏氏とのトークセッション、さらには来場者との質疑応答やイベント後の囲み取材に応じました。

競技人生の葛藤から言葉へのこだわり、そして桐生市への印象まで、語られた言葉の全文を詳細にお届けします。

第1部:トークセッション(髙木美帆 × 中村聡宏)

中村「皆さん、改めましてよろしくお願いします。僕自身、日本オリンピック委員会(JOC)の広報誌で約15年編集長を務めており、髙木美帆選手とは2022年北京、2026年ミラノ・コルティナの両オリンピック時にメダリストインタビューをさせていただきました。当時はオンラインでしたので、本日こうして桐生で直接リアルでお会いでき、大変嬉しく思っています。

改めましてミラノ・コルティナオリンピックを振り返り、多くの種目に出場され長期間にわたる大会だったと思いますが、ご自身ではどのように感じていらっしゃいますか?」

髙木「その前にご挨拶をしてもよろしいでしょうか。初めまして、髙木美帆です。どうぞよろしくお願いします。大勢の方に応援していただき、本当に嬉しく思っています。私がスポーツマンシップについてどこまで語れるか不安もありますが、せっかくのご縁ですので良い時間にできればと思います。

質問についてですが、平昌、北京、ミラノを通じ、開会式直後から閉会式直前まで約10日間のスケジュールで臨むことが多かったです。1種目が終わっても次が控えており、安堵感と次の緊張感を持ち続ける期間でした。

感情の保ち方としては、通常の大会(週末3日間で3〜5レース)では、終わった直後の喜びや反省は脇に置き、すぐに次の改善点やレースに意識を切り替えます。しかしオリンピックに限っては、4年間かけて挑んできた場所だからこそ、どんなに嬉しくても悲しくても『その日の感情を受け止める』ことを1日だけ自分に許していました。そして次の日からは、自然と次の行動に向けて気持ちを切り替えるようにしていました」

中村「その境地は、やはり複数回のオリンピック経験を通じて築かれたのでしょうか?」

髙木「そうですね。一番大きかったのは15歳でのバンクーバー出場と、続くソチでの落選です。高校生活ではスピードスケートだけに縛られず、学校行事や部活、習い事のヒップホップ、友人との時間も全力で楽しみました。その結果、同じようにやっていればソチも代表になれると考えてしまっていた部分がありました。

大学1年で上京し環境が変わった際、成長に必要な『変化』を拒み、守りに入ってしまったことで成長どころか衰退を招き、ソチ落選につながりました。これは挫折ではなく実力不足だったと自覚し、平昌に向けて全てをスケートに捧げる決意をしました。

具体的には、それまで支給されていた国内メーカーの靴から、自腹を切って海外メーカーのオーダーメイド靴を2足一気に新調しました。リスクもありましたが、変化を起こすための第一歩でした。ソチの悔しさが、北京までの原動力になりました」

中村「幼少期にサッカーやヒップホップなど、複数のスポーツを経験されたこともプラスになりましたか?」

髙木「夏はサッカー、冬はスケートというシーズン制で取り組んでいたため、マンネリ化せず短期集中で取り組めました。また、単一競技特有の局所的な負荷を分散できたことで、怪我をしにくい体のベースが作れたと感じています。様々な選択肢を経験した上で、自分で『スケートを選ぶ』と決断できたからこそ、挫折の際も自責として受け止め、前に進むことができました」

中村「平昌に向けた成長のプロセスで、大きな転機となった出来事はありますか?」

髙木「ナショナルチームでヨハン・デヴィットコーチから『プロ意識を持って行動すること』を叩き込まれた点です。『ポテンシャルはあるのに、なぜ自信を持たないのか』と指摘され、世界トップの動きを基準に生活を見直しました。大好きな甘いものを控え、睡眠用のマットレスなど競技に直結するものに投資を集中させるなど、メリハリのある生活へ意識改革を行いました」

中村「競技を離れた現在の日常や、ご自身の『言葉』に対するこだわりについてもお聞かせください」

髙木「現役を退いた今は、講演活動やイベント出演のほか、自分の現役時代の取り組みを掘り起こして資料に整理する日々を送っています。

取材や発言で言葉を大切にするようになったきっかけは、小学生時代にあります。大会で優勝した際、新聞取材で『サッカーはスケートのためにやっている』というニュアンスで報道され、サッカーの仲間に申し訳なく、非常にショックを受けました。世に出た言葉は変えられないと学び、それ以来、誤解を生まないよう時間をかけてでも正確に丁寧に言葉を選ぶよう心がけています」

第2部:会場との質疑応答

【質問1:体育教員・少年野球コーチより】 「運動が苦手な子どもたちに対し、スポーツマンシップやスポーツの魅力を伝える際、どのようなメッセージを伝えますか?」

髙木「一回限りの接触であれば、『スポーツは自分自身のリアルタイムな成長を感じられるもの』だと伝えます。全員に無理にスポーツを好きになってもらう必要はありませんが、『今日ひとつ変わった自分を見つける楽しさ』を感じる選択肢としてスポーツがある、という声掛けをすると思います」

【質問2:来場者より】 「直前期の練習量の変化と、国民栄誉賞で進呈された包丁10本と『10』という数字(※メダル数等)の関連について教えてください」

髙木「包丁10本については、自身で指定したわけではなく、気づいたら10本になっていました。もしかすると数字を合わせてくださったのかもしれませんが真相はわかりません(笑)。

練習量に関しては、大会直前の1週間は量より質を重視します。一瞬で全力を出す競技特性上、慢性疲労を残さず適度な刺激を入れて調整します。夏場のハードな時期でもトレーニングは午前・午後の2回に集中させ、それ以外の休養や食事の取り方で他者と差をつけるよう意識していました」

【質問3:長年のファンより】 「ミラノの500mで金メダルを獲得された際、コーチに飛びついて感情を爆発させていた姿が印象的でした。あの時の心境をお聞かせください」

髙木「普段は次のレースへ向けて気持ちを抑える癖がついていますが、500mは自分にとって非常に難しい種目でした。北京での銀メダル再現は容易ではないという不安の中、100分の1秒差の接戦で会心のレースができました。

映像を確認し、確信が持てない中での勝利だったため思わず感情があふれました。コーチの手招きに飛びついた瞬間『腰は大丈夫かな』と頭をよぎりましたが、直後にコーチから『1位の選手はもっと速いぞ、ここで喜ぶな』と釘を刺されました(笑)」

第3部:囲み取材(全文記録)

トークセッション終了後、メディア陣による囲み取材が行われました。

――本日のイベントを通じて「スポーツマンシップ」という言葉について新たな発見や思いはありましたか?

髙木「スポーツマンシップとは一体何なのか、改めて考える機会となりました。一言で説明しきれないからこそ、問いを立て続け、人間について考え続けることに価値があると感じています。『スポーツマンシップを身につけましょう』と意識して動くことと、結果的にそれが身についている生き方や考え方は少し異なるのかもしれません。非常に面白く、深い問いだと感じています」

――競技生活を振り返り、改めて「スポーツの持つ力」についてどうお考えですか?

髙木「競技スポーツを突き詰めているアスリートの行動は一見極端に見えるかもしれませんが、本質的には社会で働く方や家庭を支える方が行っていることと変わりません。メディアを通じて可視化されやすいからこそ強く映るのだと思います。私たちが突き詰めてきた経験を、どう社会に還元し、より良い社会づくりにつなげていけるか、その本質を今後も模索していきたいです」

――桐生市を訪れた印象はいかがですか?

髙木「街中をじっくり観光する時間はまだ取れていませんが、アスリート目線で見ると『非常にトレーニングがしやすそうな環境』という印象を受けました。身近に山があり、自然が豊かでありながら、住宅街や施設も整っています。何もない場所とは異なり、アスリートにとって非常に程よいバランスを備えた街だと感じました」

――経験すべきものが多くある中で、スポーツを通して感じてほしいことや、子どもたち・周囲への感謝についてどうお考えですか?

髙木「まずは体を動かすことの楽しさを知ってもらい、自分が変わっていく・成長していく喜びを見つけてもらえたら嬉しいです。

また、スポーツマンシップは『言われて身につくものではない』という側面もありますが、一方で言葉にされないと気づけない部分があるのも事実です。特に子どもたちに伝えたいのは、家族や周囲のサポートがなければ成り立たないことが多いということ。いきなり『いろんな人に感謝しなさい』ではなく、まずは一番身近で大切な人たちに感謝やリスペクトの気持ちを持つこと。そこがすべてのベースになるのではないかと思います」

――(情報ぐんま)今後新たにチャレンジしてみたいスポーツや活動はありますか?

髙木「これは日によって変わるのですが(笑)、少し前はポケット(ビリヤードなど)ができたら楽しそうだなと思っていました。でも今は、もう一度ヒップホップをやりたいなと思ったりもしています。どちらにしても、体を扱い、見せる技として取り組めるようなものにチャレンジしたい気持ちがあるのかもしれません」

(「ヒップホップはぜひ見てみたいですね」という声に対し、「ヒップホップは調べたら出てきますよ!」と笑顔で返し、和やかな雰囲気の中で取材は締めくくられました。)

編集後記

言葉のひとつひとつを丁寧に確かめるように語る姿が非常に印象的でした。小学生時代の報道に対するショックから「世に出た言葉は取り戻せない」と学び、誤解を生ませない真摯な姿勢を貫いてきた髙木美帆さん。その強い自責の念と客観的な自己分析があったからこそ、世界の頂点に立ち続けてもなお、周囲への感謝とリスペクトを失わない「真のスポーツマンシップ」が育まれたのだと感じます。

「一番身近な家族や大切な人に感謝の気持ちを持つことがすべてのベース」という彼女の言葉は、スポーツの世界だけでなく、私たちが地域や社会で共に生きていく上での普遍的な学びを示してくれています。桐生の地で発せられたその静かな熱量を、記事を通して少しでも多くの読者の皆様へ届けられたなら幸いです。(情報ぐんま編集部)

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