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「群馬で食べ続けてもらいたい」登利平・中村代表が語る、“鳥めし”を守り続ける理由

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「群馬に帰ってきたら、まず鳥めしを食べる。」
そんな声を耳にしたことがある人は少なくないだろう。
運動会、スポーツ大会、法事、帰省――。
群馬県民の人生の節目には、いつも登利平の「鳥めし」があった。
いまや「群馬のソウルフード」とまで呼ばれる存在になった鳥めし。
しかし、その中心にいる中村代表は、その功績を自分のものとは決して語らなかった。
「私が作ったものではありません。創業者と二代目が積み重ねてきたものを、私は守っているだけなんです。」
その言葉から始まった今回のインタビューは、”売れる店”の話ではなく、”愛され続ける店”の話だった。

「全国展開」よりも「群馬」

これだけ知名度があれば、もっと全国へ展開しても不思議ではない。
しかし、中村代表の考えは明確だった。
「群馬で生まれ、群馬で育ち、群馬の皆さんに育ててもらった会社です。
だから、できれば県外の方には群馬へ来て食べてもらいたい。
それが創業者の想いでもあり、私たちが守っていかなければならないことなんです。」
大量出店ではなく、「わざわざ群馬へ来て食べる」。
その体験そのものが、登利平のブランドなのである。

「帰ってきたら鳥めし」

プロ野球選手の高橋光成投手も、
「群馬へ帰ってきたら必ず鳥めしを食べます」
と話していた。
※高橋光成投手の記事はこちら
そんな話をすると、中村代表は少し照れながら笑った。
「そう言っていただけるのが本当に嬉しいですね。
お盆やお正月は行列になってしまって、ご迷惑をお掛けすることもありますが、それでも並んでくださる。
本当にありがたいです。」
「帰省したら鳥めし。」
それはもう商品ではなく、群馬の風景になっている。

味だけは絶対に変えない

昭和28年の創業以来、70年以上守り続けてきた鳥めし。
「タレの作り方ですか?
実は私も知りません(笑)。
創業時から受け継がれているもので、変えてはいけないものなんです。」
驚くほどあっさりと語る。
しかし、その一言に登利平の哲学が詰まっていた。
「もし味がコロコロ変わっていたら、ここまで続かなかったと思います。」
新商品を出すことよりも、
同じ味を守り続けること。
その難しさを、中村代表は「究極のマンネリ」という言葉で表現した。

変えるのは「味」ではなく「会社」

一方で、変えなければならないものもある。
それは働く環境だという。
「若い人が『この会社で働きたい』と思える会社にしていかなければならない。
古い建物、古い考え方のままでは選ばれません。」
タッチパネルやキャッシュレスなど、時代は変わる。
しかし一方で、
高齢のお客様にとっては、人との会話も大切なサービスになる。
便利さだけを追いかけるのではなく、
誰のためのサービスなのか。
そのバランスを考え続けている。

一番怖いのは「何も言われなくなること」

印象的だった言葉がある。
「褒めてもらえるのはもちろん嬉しい。
でも、本当にありがたいのは厳しい意見なんです。」
「ここを直した方がいい。」
そう言ってくれる人は、
まだ登利平に期待してくれている。
一番怖いのは、
何も言わずに来なくなる”サイレントカスタマー”だという。
長く愛される企業ほど、
耳の痛い声を大切にする。
その姿勢が印象に残った。

群馬の文化を、50年後、100年後へ

最後に読者へのメッセージをお願いすると、中村代表はこう締めくくった。
「私は千葉出身ですが、群馬は本当に良いところです。
この群馬の文化を担っているという責任を忘れず、創業者から受け継いだ鳥めしを50年後、100年後へつないでいきたい。
そして、これからも皆さんに愛していただけるよう、当たり前のことを当たり前に続けていきたいと思っています。」

株式会社 登利平 ホームページ:https://www.torihei.co.jp/

【編集後記】

今回の取材で強く感じたのは、登利平が売っているのは「お弁当」ではなく、「群馬に帰ってきた記憶」なのだということだ。
全国どこでも食べられる便利さよりも、「群馬へ帰ったら食べたい」という特別な存在であり続けること。その積み重ねが、70年以上にわたり県民に愛される理由なのだろう。
派手なマーケティングではなく、変えない勇気。「究極のマンネリ」を貫く姿勢こそが、登利平を群馬のソウルフードへと育てた最大の理由なのかもしれない。
取材後は登利平でランチをいただいた。
鳥めしに温かいうどん、名物のごぼうのかき揚げ。代表のお話を思い返しながら味わう一品一品は、どれも「変わらないおいしさ」そのものだった。
食べ終えたあと、ふと頭に浮かんだのは、中村代表の「当たり前のことを当たり前に続けていく」という言葉。
群馬に帰ってきたら、また食べたくなる。
そんな「帰る場所」のような味を、これからも50年、100年と守り続けてほしいと心から感じた。

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