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群馬県民なら誰もが知る、ワクワクする文具ワンダーランド「ハイノート(高崎市・前橋市・伊勢崎市)」。従来の「法人向けのオフィス用品販売やOA機器、オフィス家具などを扱うBtoB事業」という堅実な基盤から、一般ユーザーを熱狂させる文具専門店へと鮮やかな変革を遂げた背景には、どのような思想があったのか。株式会社アサヒ商会・代表取締役社長の広瀬一成氏に、「情報ぐんま」がそのブランド戦略と、AI時代だからこそ輝くアナログの可能性についてお話を伺いました。



■ハイノートのコンセプトとブランド戦略
「ハイノートの『H』と『I』には、広瀬の『ひ』じゃないかという説もあるんですけど、そうじゃなくて(笑)。『ヒント(Hint)』と『アイデア(Idea)』であり、さらに『ヒューマンインジェヌイティ(Human Ingenuity=人間の直感や感性)』、それから『ハンズオンイノベーション(Hands-on Innovation)』のHとIでもあります。
これは何かというと、お店に来た人が何かきっかけを作って、刺激を受けて、何か作ってもらえるような人になってくれるといいな、ということなんですね。僕らが地域とかいろんな形で、我々自身のイノベーションを起こすことはできないかもしれない。しかし、こういった空間や道具を通じて、お客様が手を使うことによって――つまり『ハンズオンイノベーション』と言うかね――頭でっかちなものじゃなくて、手作りの感性の中からそういったものが生まれてくれるとありがたいなという、シンプルに言えばそういうビジョンではあります。 ただ、それだとさすがにわかりにくいので、もう少し親しみのある、『Change Stationery, Change Life.文具から人生をときめかせる』というキャッチコピーにしていまして、もっとシンプルに言っています。
ただ、それだとさすがにわかりにくいので、もう少し親しみのある、『Change Stationery, Change Life.文具から人生をときめかせる』というキャッチコピーにしていまして、もっとシンプルに言っています。では、文房具なんでそんなことを言っているかというのが次の話なんですがは、文房具って、極端な言い方すると、そのまま放っておいたらただの道具でしかないわけなんですよ。」
■文房具の価値の再定義と事業転換のきっかけ
昔から店頭での販売はしていたんですね、ただ当初は、文房具を業務の『ツール』として捉えていた。ただの道具です。だから、安く売るとか、アクセスが良いとかいうことを重視した売り場をしていました。必然的に価格競争になります。カタログ通販やネットに押されて売上はどんどん下がっいったのが、僕が入社したころなんですね。
そこで、改めて『文房具屋の意義ってなんだろう』ということを考えた。そこで、文房具の価値をもう一回見直してみようと。
1. 仕事をやりやすくする道具としての価値。
2. コミュニケーションの道具としての価値。
3. 持っていると気分が上がる、人生を彩る場面に使える価値。
そうすると、この3つになるのかな、と見えてきた。
で、1,2は道具とてしての勝ちですよね。
でも、3があります。3の軸で考えてみると、実に広がりがある。
1個1万円とか5万円するというものではなく、数百円から高くても1,000円くらいの中で、こんなに人の気持ちを変えたりとかできるって、すごく良い道具じゃないですか。
文具メーカーは大手もありますが、多くは中小で、各社とても個性的で、特徴があるんですよ。それってまだ伝えきれてないよね。実は面白い。子供のころから何気なく使っていた道具にもいろんなストーリーや、変わった点がある。逆に、そういうことを伝えないと、単なる道具でしかない。
さらに、その道具を持つことでどんな気持ちになるか。新しい道具を体に身に着けるだで、しゃきっとする。いい紙のノートに書くと、手が気持ちいい。スタンプを使うと、伝えたい相手に気持ちが伝わる、これってすごいよね。でも、何もしないとよくわからない。だから、ポップを作ったりとか、実際にイベントをやることによって、楽しいでしょと。例えば絵を描くって、すっかりやってないけど案外楽しいよ、ノートをデコってみませんか? そんなことをたくさん提案すると。ネットで動画見たり、スマホでチャットしたり、あるいはフェスに行く、キャンプに行く、時間の使いかたはたくさんあります。いろいろある遊びの手段の中で、我々はこの文具で楽しむということを、ぜひ個人のライフスタイルに入れましょうよと。そういう感覚で始まっているという感じですね。」
■広瀬社長自身の文房具への想いとルーツ
実を言うと文房具に関しては、あまり興味を持たないようして育ってきました。何をいっているかというと文具屋の子供として、何でも貰える状況にいたからだと思うんですよね。文具必要だったら『(実家の商店から)持っていけ』みたいな。でも僕は、いくら父の会社だったとしても、もらうのは嫌だったんですね。ちゃんと買いたかった。でも、買ってくれない。持って行けと言われる。だからしょうがないから、お店においてある埃だらけの製品や一番売れていなそうなものを選んで使っていました。誰もが知っているキャンパスノート。大学生になるまで買ったことないですし、暗記の単語帳なんてのもありますが、買わないで、売れ残りの印画紙みたいなものを折りたたんで使ってました。アサヒ商会いに入るまでは、文具の価値はまるで考えたことがなかったんです。ちなみに、私のペンケースは、小学校2年生の時に買ったもの。ちゃんと内側に、『2の2広瀬一成』って書いてあります(笑)。物持ちがいいのか、興味ないのか。
■オリジナル文具の開発と現場への権限委譲
「カッパピアグッズの反響が大きかったですね。
基本的には、今、オリジナルとやメーカー別注品に関する話は事業部の方でやっています。僕は口出しはしていません。量が大きいときは聞いたときは決裁しますが、基本は『どんどんやって』というところです。企画を考えて実行して、っていう一番楽しい試行錯誤を僕がやってはダメ。うまくいくことも、行かないこともありますが、当事者として仕事やるのが一番楽しいわけで、そこは任せています。私が売り場作りにガッツリ関わったのは初期だけです。
■若者世代の気質について
若者論を語るほどではないですが、今の若い人たちは、常に人目にさらされる環境の中で、自分の意見を出すことに慎重になっているように感じます。その成果、自分が何かやりたい、よりも、他人を応援したい気持ちが強いのかな? 推し活的に。でも、押したいエネルギーはあるわけだから、たぶんエネルギーはある。ただ、うまく出す機会がない。だからこそ、安心して試せる場所や、自分の考えを形にできる道具が必要なのではないかと思っています。当社も、人の個性の違いの理解ワークなどをやって、みんなが「自分」を出せるように、また出しても「あいつ変だよな」じゃなくて、「ああ、なるほど確かに自分と違うな、そういう考え方もあるんだな」といえるような環境づくりをしています。
■地域密着(群馬×ハイノート)のあり方と地方都市の課題
「コミュニティとして『ハイノート×地域』という文脈で言うと、今オリジナルとかで温泉インクとかをやっていますが、ただ、無理して地域活性みたいなことをして歪んでもしょうがない。でも、気づいていない魅力とか、良いものを表現することによって、新しい商品とかサービスとか切り口が生まれるのは間違いない。でも、それが自己目的化すると、たぶん辛いところがあるというか。『やらなきゃ !』っていう感じ(無理矢理な形)になって成立しない。地域活性を目的化しすぎると、無理が出る。大事なのは、地域にある魅力をちゃんと見つけて、日常の中で楽しめる形にすること。そういう発見(地域の魅力の再発見)は是非しようよと。結果として地域に役立てれば全然良いじゃないですか。やろうとし過ぎると、お客様とのギャップが大きくなってしまう。弊社がやるときも、遠すぎちゃったりするとお客様と乖離して、結局継続できない。継続できないと意味がない、何か無駄になっちゃうので。
■AI時代におけるアナログ文具の可能性
「AIが進むからこそ、これは可能性しかないとなりますね。人間は5感ですから、アナログ回帰のの時代です。」歴史を振り返って考えると、無くなったモノはやっぱり最近できたもんだよねと、カセットテープやCD、MDはなくなりレコードは残った。ライブはむしろ増えている。こうやっていくと、結局文房具って、昔から出ているってことは、多分人間にものすごく近いんですよね。肉体感覚、人間の身体に近い。身体に近い文具っていうのは、これからも残る。
ただ残るかといって、いい加減に扱っていたらそれまでです。僕らとしては遊び心をもって、どれだけ考えるかっていうこと。デジタル時代にはもうこっち(アナログ)の方が絶対良いですよねってことを、モノと使い方で提案する。
AIに頼めばデザインしてくるかもしれないけれど、そもそも『こういうデザインってありなんじゃないか』っていうのがスタート地点。要はスタート地点を作れるのは人間だけじゃないですか。かっこいいね、素敵だよねって共感してくれるのも人間なので。それをやれるのって、多分その画面のツールっていうよりは、人間は五感の動物なんで、その五感をちゃんと活かせるものこそ、一周してきて(価値が見直されている)。手を動かしたりとか、粘土を触ったりとか砂山で遊ぶとか、身体感覚を大事にしないといけない。感性とか重要と言われるようにもなった今の時代が(アナログに味方して)後押ししてくれているなとは思います。
(最近の情報について)私たちは情報過多の社会にいる。圧倒的に自分と関係ない情報が入ってきて、それに何となく関心をもって、ある意味で暇つぶしをしてしまう。情報として入ってくるものは派手だけど、関係ない情報ばかり。別にそんなところに関心を持つよりも、隣の人が困っているところにちゃんと関心を持っていきながら、本来の人間に(戻る)。そういう時代に逆に戻っていく。ひとがひとらしく生きる時代、アナログな肉体感覚を大事にする時代に戻るんではないでしょうか
■アサヒ商会・ハイノートのこれからのビジョン
「新しい挑戦とか新しい事業とか、その今の事業の切り口をどう変えるかっていうことは、ずっと意識をしていまして。新しいことに関して社内的に言うのは、『何も無かったらゼロイチの新しいことをしなきゃいけない』というわけではなくて。『今あるものの見方を変えると、結構価値があるものが新しくいっぱいあって、そこをちゃんと真面目に見ましょう』と。
真面目にというのは言われたことをそのままやるっていうことではありあません。ハイといわれてやるのはいいですが、その結果まで考えない、振り返らないっていうのは、ある意味不真面目で、ものすごく何も考えていないんじゃないかと。ちょっと真面目に考えたら『これ、おかしいよね』とか、なんか疑問に思ったりしますよね。ちゃんとまじめに考えよう、まじめにこの仕事この商品の目的や機能を考えよう、ということを伝えています。
それが結果的に新たな価値を見出す、新しい角度でモノを見るということにつながるのではないかと思います。
文房具もそうなんですけど、オフィス(BtoB)のリユース品も、当初は『安い』ってことがメリットかなと思っていた。でもだけどそうじゃなくて、実は、展示・販売ができるような、行って現物が見られるっていう話とか(が価値になる)。普通カタログでしか無くて、椅子とかはともかく、書棚なんか行ってサイズ感とか見ないと分からないんですよね。
そういう風に、1つ『今まで売り方はこうでした、今までこう行っていた、正解だったかもしれない』。でも、そしたらその時点でなんかの理由があってそれが正解だったわけで、これから5年、10年有効な形態は多分違うかもしれない。ということは常に、『今扱ってる商品やサービスをゼロベースに見直したときに、本当にこのやり方だよね?』という疑念を抱いて、別の角度から見た時に『これって、こういう風にやるんじゃない?』ということは問いましょうよと。
デジタル化支援の仕事もしていますけど、ツールは別に何でもよくて、大事なのは、みんながストレスなく使えるようにする、社員の方がちゃんと意義をわかって使うようになる、前工程のプロセスや、後工程のフォローアップがキモですよね。
これは極論ですが、(コピー機のカスタムの提案について)コピー機の外側もね、こうやってクロス(壁紙・布)とか貼っていったら良いんじゃないですか?あれなんでそういうサービスやっていないんですか?それ、多分誰も提案してないからね。オプションでね、だっていろいろあるわけですから。
商売の仕組みにするのは面倒くさいから簡単には出来ないかもしれないけれど、これ、別にあっても良いはずで。それってなんか既存のことに慣れすぎている。『コピー機は安さしか誰も買ってくんないんだ』と、それ以上先に行かないですね。結構でかいし目立つんで、やっても良いんじゃない?っていうね。
今あるものの価値を考え既定値を変えた時に、『本当にこれが正解なのかな?』ってことを見ながらやっていくということが、違う価値を生み出す。同じことをしていても、全然違う仕事に変えていって、それによってみんながハッピーになれば良いのかなというところですね。
ハイノート(アサヒ商会)https://www.bungu.co.jp/
【編集後記(エディターズノート)】
インターネットを開けば「効率化」や「コスパ」の文字が踊り、生成AIが瞬時に答えを出してくれる便利な時代。だからこそ、私たちが無意識に失いかけているのが、五感で触れ、頭を悩ませ、自ら「問いを立てる」という贅沢な肉体感覚ではないだろうか。
広瀬社長の言葉にあった「文具は人間の身体に最も近い古い道具」という視点は、まさに目から鱗だった。BtoBの堅実な歴史を持つアサヒ商会が、ハイノートという鮮やかな変革(トランスフォーメーション)を成し遂げられた本質は、単なるSNS映えや目新しさの追求ではない。「文房具の価値とは何か」「既存の正解は本当に今も正解なのか」をゼロベースで真面目に疑い、再定義したからに他ならない。
情報が溢れる現代だからこそ、私たちは派手なトレンドに流されるのではなく、目の前にある「違和感」や「不便」に気づく力を養わなければならない。それこそが、新しい価値を創造するスタート地点になるのだから。手を動かし、五感を研ぎ澄ませ、人生のセンスを着替える。そんなワクワクする仕掛けの種は、今日もハイノートの売り場から、そして私たちの日常の疑問の中から生まれ続けている。