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群馬から広がる車椅子バスケットボールの可能性――群馬マジック
群馬県を拠点に活動する車椅子バスケットボールチーム。
2029年の「ゆけむり国スポ・全スポ」を見据え、競技力向上だけでなく、“誰もが共に生きる社会”の実現に向けた活動を続けている。
今回、「情報ぐんま」では、佐々木選手、髙木選手、高橋代表の3名にインタビューを実施。
競技の魅力、チームの歴史、そして車椅子バスケが持つ可能性について話を聞いた。
「障害が重くても、できるを伝えたい」――佐々木選手



2026年5月1日から一般社団法人として新たなスタートを切った群馬マジック。
佐々木選手は現在の活動についてこう語る。
「群馬県の国スポに向けてメンバーを集め、強化を進めています。定期的に体験会も開き、車椅子バスケットボールを多くの人に知ってもらえるよう活動しています」
車椅子バスケの魅力について尋ねると、真っ先に返ってきたのは“スピード感”だった。
「速い選手同士が全力で走るスピード感は、本当に熱いです」
一般的なバスケットボールと同じ高さのゴールに対し、ジャンプができない状態でシュートを決める。
その姿に驚きを感じる人も多い。
佐々木選手自身、元々はバスケットボール経験者ではない。
テニスをしていたが、怪我をきっかけに車椅子生活となり、リハビリ目的でチームに参加したという。
「最初は筋力維持のためでした。でも2年後くらいに選手になれました」
さらに驚くのは、佐々木選手が重度の頸髄損傷であることだ。
車椅子バスケには障害の程度によって持ち点が設定される“クラス分け”制度があるが、佐々木選手は最も重い「1.0」に分類される。
「本来は車椅子バスケをやるレベルではないと言われる状態。でも、それでも選手として活動できています」
その言葉には、同じように障害を抱える人への強いメッセージが込められていた。
「何かやりたいけど踏み出せない人に、“できるよ”って伝えたい」
「若手を育てる立場として」――髙木選手



群馬マジックの課題として、髙木選手が挙げたのは“人数不足”だ。
現在、チームは10数名ほど。
試合では交代要員が少なく、出場選手がほぼフル出場になることも珍しくない。
「今の人数でも参加はできますが、かなり大変です。もっと仲間が増えてほしいですね」
2029年の国スポに向けても、選手層の強化は大きなテーマだ。
一方で、髙木選手自身はベテランとしての役割を見据える。
「もう若くはないので、怪我をしない程度に長く続けたい。これからは若手を育てる立場かなと思っています」
競技だけでなく、次世代へ経験をつなぐ――。
その姿勢に、チームの“土台”としての存在感がにじんでいた。
「35年続く理由」――高橋代表が語る群馬マジックの原点



群馬マジック創設者の一人である高橋代表。
チームの歴史は約35年前に遡る。
当初は「高崎マジック」という名称でスタート。
高崎市で車椅子バスケの全国大会開催構想が持ち上がったことが、結成のきっかけだった。
「地元にチームがあった方がいいということで立ち上げました」
最初はなかなか勝てなかった。
しかし徐々にメンバーが増え、関東ベスト8入りを果たすまでに成長したという。
高橋代表が特に強調したのは、“スポーツによる街づくり”だった。
「スポーツを通じて福祉や共生社会を広げていきたい」
現在開催されている高崎大会も35回を数える。
多くのボランティアや地域の支えがあって続いてきた歴史だ。
さらに、2029年の国スポ・全スポについても熱い想いを語った。
「若い選手たちに大きな大会を経験してほしい。“昔、自分はあの舞台に立ったんだ”と誇れる経験になれば」
健常者も参加できる、日本独自の文化
取材の中で印象的だったのは、“健常者も参加できる”という日本独自の車椅子バスケ文化だ。
海外では障害者のみで構成されることが一般的だが、日本では条件付きで健常者もプレー可能。
実際に群馬マジックでも健常者プレーヤーが活動している。
これは単なる競技ルールではなく、“共にプレーする”というインクルーシブな価値観にもつながっている。
「知らない」は、もったいない



































取材を通じて強く感じたのは、“知らないこと”の壁だった。
車椅子バスケの迫力。
競技レベルの高さ。
選手たちの努力。
そして、スポーツを通じた社会づくり。
それらは実際に見て、触れて、知ることで初めて伝わる。
群馬マジックの活動は、単なるスポーツチームではない。
競技を通じて、人と人、地域と福祉、健常者と障害者をつなぐ存在だった。
2029年、群馬で開催される国スポ・全スポ。
その時、群馬マジックがどんな景色を見せてくれるのか。
今から楽しみでならない。

【編集後記】
インタビュー後、実際に練習ゲームを見学させていただいた。
正直に言うと、ここまで激しく、ここまでアグレッシブなスポーツだとは思っていなかった。
車椅子同士がぶつかり合う音。
一気に加速するスピード。
ゴールへ切り込む迫力。
そして、わずかな隙を突く駆け引き。
“車椅子”という言葉から勝手に抱いていたイメージが、一瞬で覆された。
むしろ、「制限があるスポーツ」ではなく、限られた条件の中で最大限の力を引き出す、極めて高度な競技だった。
特に驚いたのは、選手たちのフィジカルと技術。
一般のバスケットボールと同じ高さのゴールに対し、上半身だけでボールをコントロールしながらシュートを決めていく姿には、思わず息を飲んだ。
そして何より印象的だったのは、選手たちの表情だ。
「障害者スポーツ」という枠ではなく、純粋に“勝負”を楽しみ、仲間と戦い、熱くなる姿がそこにあった。
一方で、競技を取り巻く課題もある。
日本の車椅子バスケットボールは、一定条件のもと健常者も出場できる独自ルールを採用している。
そのため時には、健常者選手を多く擁するチームが優勝するという、“本来誰のための競技なのか”という議論も起きているという。
「群馬マジックでは、パラアスリートが主役として活躍できる場を大切にしています。これからも選手一人ひとりが前向きに挑戦できるよう、積極的に地域社会とも協力しながら魅力あるチームづくりに取り組んでいきたいと思います。」
その言葉が、とても印象に残った。
“共に生きる”ということは、単に同じ場所に立つことではない。
まずは当事者が主役になれる環境があり、その上で支え合うことなのだと思う。
知らなかった。
だからこそ、伝える意味がある。
群馬には、まだまだ多くの人が知らない熱い世界がある。
その中心で挑戦を続ける群馬マジックを、これからも追いかけていきたい。