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桐生高OB 木暮さん×阿久沢さん 『甲子園出場コンビが当時を語る』

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桐生の野球文化を未来へつなぐイベント「球都桐生ウィーク」で、往年の名選手が再び集った。
1978年に桐生高校野球部として甲子園を沸かせた木暮洋さんと阿久沢毅さんが、
時を超えて語り合い、会場は球都・桐生の歴史と熱気に包まれた。

1978年に桐生高校野球部として春夏連続で甲子園出場を果たしたエース・木暮洋さんと4番打者の阿久沢毅さんによる対談が24日、
桐生市広沢町の多目的施設「KIRINAN BASE(キリナンベース)」で行われた。
会場には約160人のファンが訪れ、往年の名コンビのやりとりに耳を傾けた。

対談は同施設内の「球都桐生野球ラポ」で企画されたもの。木暮さんは「人数が少なかったから、
最初は甲子園を目指せると思っていなかった」と振り返り、当時のチーム状況を明かした。
また、けがで2年秋を迎えた阿久沢さんは「木暮が精神的にも強くなっていくのを見ていた。
あそこでチームの基盤ができた」と語った。

春の甲子園で26イニング連続無失点を記録した木暮さんは「初戦で点を取られた時は『終わった』と思った」と当時の心境を吐露。
一方、王貞治さん以来の2試合連続本塁打を放ち「王二世」と呼ばれた阿久沢さんは「記録は意識していなかった。
ただ振り切っただけ」と笑みを浮かべた。

互いの印象について木暮さんは「阿久沢はおおらかで、人を責めない人。一緒に過ごした3年間は忘れられない」と語れば、
阿久沢さんは「木暮との関係はお互いの愛犬のような関係で、僕がいつもほえられていた」と会場の笑いを誘った。

この催しは、23日に始まった「球都桐生ウィーク」(9月10日まで)の一環。
桐生が誇る高校野球の歴史を語り継ぐ場として、多くの参加者を魅了した。

【編集後記】
桐生が「球都」と呼ばれる所以は、こうした物語の積み重ねにあるのだと感じさせられました。
当時を知る世代には懐かしく、若い世代には新鮮に響く言葉の数々。野球がつないだ縁と記憶が、
地域の誇りとしてこれからも受け継がれていくことを願います。

また、野球にまつわる群馬県桐生市の実績を紹介する常設展示施設「球都桐生歴史館」も23日にオープンした。

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