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【新連載】上毛かるたの深掘り疑問に答えます!「KING OF JMK」代表・渡邉俊氏インタビュー(前編)

群馬県民のDNAに刻まれている「上毛かるた」。しかし、大人になって改めて読み返すと、「なぜこのフレーズ?」「この札の背景には何があるの?」という疑問が湧いてきませんか? 今回は、大人の上毛かるた全国大会を主催する一般社団法人『KING OF JMK』の代表・渡邉俊さんに、各札に隠された驚きの歴史や、知られざるエピソードを直撃インタビューしました!

■ あ・い・う・え・お | 災害をユーモアで包む心の強さと、全国に誇る縁起物
【あ】浅間のいたずら 鬼の押出し
- Q.「いたずら」ってかなり可愛い表現ですが、実際は大噴火ですよね。なぜこんな表現に?
- 渡邉氏: 1783年(天明3年)の浅間山大噴火は、県内でも1500人以上が犠牲になった大災害でした。それをあえて「いたずら」と表現した理由は明らかになっていません。しかし、怒りや嘆きで詠むのではなく、ユーモアで包むことで「自然と共生する覚悟」を持たせたり、噴火によってできた鬼押出しの奇観を子どもにも伝わる形で表現したのではないかと思っています。
【い】伊香保温泉 日本の名湯
- Q. なぜ数ある温泉の中から伊香保温泉が札になったのですか?
- 渡邉氏: そもそも上毛かるたの素材は、1947年に県民からの公募で決定しています。当時、様々な温泉が候補に挙がりましたが、伊香保は1000年以上前の『万葉集』にも詠まれた歴史ある名湯であり、石段街の景観も唯一無二。今も昔も、群馬を代表する温泉として県民から圧倒的な支持を得ていたからです。
【う】碓氷峠の 関所跡
- Q. 関所跡は、昔と今の群馬にとってそれぞれどんな場所ですか?
- 渡邉氏: 江戸時代、碓氷峠は中山道の関所として「入り鉄砲に出女」を厳しく監視する、幕府にとって政治・軍事の要衝(重要拠点)でした。明治に入って廃止され、現在はその跡が歴史を今に伝える貴重な史跡として静かに佇んでいます。
【え】縁起だるまの 少林山
- Q. 少林山のだるまは何が特別で、なぜここまで有名に?
- 渡邉氏: 約240年前、飢饉に苦しむ農民を救うために東獄和尚がだるま作りを伝授したのが始まりです。また、当時群馬で盛んだった養蚕業では、蚕が脱皮して活動を再開することを「起きる」と呼びました。そのため、「七転び八起き」のだるまは、質の良い繭(まゆ)を作る縁起物として爆発的に広まったのです。現在でも全国シェアの8割以上が高崎だるま。少林山はその象徴です。
【お】太田金山 子育呑龍
- Q. 「呑龍(どんりゅう)」とは何者ですか?呼び捨てにすると危険という噂も……?
- 渡邉氏: 徳川家康が建てた大光院の初代住職・呑龍上人のことです。当時、貧困で苦しむ農民の子を引き取り、自らの粥を分け与えて育てたことから「子育て呑龍さま」として全国に名を馳せました。今でも慈愛の象徴です。ちなみに、地元の人の前で「呑龍」と呼び捨てにするとガチで怒られることがあるので、必ず「呑龍様」と言いましょう(笑)。

■ か・き・く・け・こ | 交通の要衝・高崎の真実と、世界に轟いたシルクの街
【か】関東と信越繋ぐ 高崎市
- Q. なぜ「関東と信越を繋ぐ」という特徴が札になったのですか?
- 渡邉氏: 実はこれ、AIに聞くと別の偽の札を教えてくることがある要注意の札です(笑)。高崎は江戸時代、京都へ続く中山道と越後へ続く三国街道の分岐点として栄えた宿場町でした。現代でも高崎駅は7つの在来線と2つの新幹線が発着する北関東有数のターミナル駅。昔も今も、文字通り「関東と信越を繋ぐ」交通の要衝だからこそ、このフレーズが選ばれました。
【き】桐生は日本の 機どころ
- Q. 「機(はた)どころ」の意味と、日本を代表する場所になった理由は?
- 渡邉氏: 「機どころ」とは“織物の名産地”という意味です。桐生は奈良時代から絹織物を生産しており、江戸時代には「西の西陣、東の桐生」と並び称されるほどになりました。関ヶ原の戦いで徳川家康の旗を作ったのも桐生と言われています。絵札に描かれているのは、この地に機織りを伝えたとされる「白滝姫」の姿です。
【く】草津よいとこ 薬の温泉
- Q. 「薬の温泉(くすりのいでゆ)」と呼ばれる理由は?
- 渡邉氏: 傷や皮膚病に高い効果がある「薬効の高い温泉」という意味です。草津温泉は強力な酸性の泉質を持ち、古くから「恋の病以外なら何でも治す」と言われるほどの治療効果を誇りました。全国から人々が癒やしを求めて集まる圧倒的な湯治場だったからこその命名です。
【け】県都前橋 生糸の市
- Q. 「生糸の市(きいとのまち)」として前橋が知られていた背景は?
- 渡邉氏: 生糸の生産・取引が非常に盛んな街という意味です。前橋は明治3年に日本初の器械製糸が始まった、近代製糸業の中心地でした。当時、ヨーロッパでは日本産の高品質な生糸のことを、敬意を込めて「マイバシ(マエバシ)シルク」と呼んでいたほど世界的なブランドだったのです。
【こ】心の灯台 内村鑑三
- Q. 内村鑑三の生き方を表す「心の灯台」とはどういう意味ですか?
- 渡邉氏: 高崎藩士の家に生まれたキリスト教思想家です。日露戦争前に彼が唱えた「非戦論(戦争反対)」は、戦争賛成一色だった当時の世論から激しいバッシングを受けました。しかし彼の死後、太平洋戦争を経て、人々は彼の主張が正しかったと気づきます。暗闇の中で平和を照らし続けた彼の生き方を、のちに人々は「心の灯台」と讃えました。

■ さ・し・す・せ・そ | 古墳大国・群馬の歴史と、俗世を離れた神秘の仙境
【さ】三波石と共に 名高い冬桜
- Q. 三波石(さんばせき)とは?冬桜は県外の人には馴染みが薄いようですが……?
- 渡邉氏: 三波石は藤岡市鬼石地区で採れる、緑や紫の美しい縞模様を持つ高級銘石で、全国の日本庭園に流通しています。そして冬桜は、同地区の桜山公園に約7000本あり、春と冬(11〜12月)の年2回咲く大変珍しい桜です。冬には紅葉と冬桜が同時に咲き誇る絶景が見られるため、県民にとっては超有名スポットなんですよ(笑)。
【し】しのぶ毛の国 二子塚
- Q. 「しのぶ毛の国」という不思議なフレーズに込められた意味は?
- 渡邉氏: 「古代の上毛野国(かみつけぬのくに=群馬)を偲ぶ」という意味です。実は群馬は、県内に8,000基以上の古墳が残る全国有数の古墳大国。前橋市にある大室古墳群の「二子塚」は、奈良時代以前の豪族のお墓として有名です。子どもたちに「この地には古墳時代から続く悠久の歴史があるんだよ」と誇りを持たせるための札です。
【す】裾野は長し 赤城山
- Q. 「裾野は長し」とは、赤城山のどんな美しさを表しているのですか?
- 渡邉氏: 山のすそ野が広く、長く伸びている雄大な姿のことです。赤城山は単一の山ではなく、複数の峰からなる火山で、その裾野は東西約30km、南北約20kmにも及びます。この美しくなだらかなシルエットは群馬のシンボルであり、古くから信仰の対象として県民に最も親しまれてきました。
【せ】仙境尾瀬沼 花の原
- Q. 「仙境(せんきょう)」と呼ばれる尾瀬の魅力とは?
- 渡邉氏: 「仙境」とは、まるで仙人が住むような、人里離れた神秘的で美しい場所のこと。尾瀬は4県にまたがる海抜1,600mの高地で、ミズバショウやニッコウキスゲなどの貴重な高山植物が咲き乱れます。原始林に囲まれた青い湖面と燧ヶ岳の姿は、まさに俗世から隔絶された「別世界」そのものです。
【そ】そろいの支度で 八木節音頭
- Q. 「そろいの支度で」踊る八木節には、どんな歴史や願いがあるのですか?
- 渡邉氏: 「お揃いの浴衣や法被(はっぴ)を着て」という意味です。栃木から伝わった民謡を、大正時代に堀込源太が小気味よい節回しにアレンジし、群馬を代表する民謡へ育て上げました。上毛かるたが作られた戦後の混乱期、「皆でお揃いの格好をして、楽しく平和に盆踊りができる時代がずっと続いてほしい」という切なる願いが込められています。
(次回、後編『た〜わ』へ続く!GHQの検閲をかいくぐった『ら』の札の秘密など、さらにディープな群馬の謎に迫ります!)
前編・編集後記(Office 刃-YAIBA-)
「あ」から「そ」まで一気にお届けしたインタビュー前編、いかがでしたでしょうか?
渡邉代表のお話からは、単なるトリビアを超えて「なぜ当時の先人たちがこの言葉を選び、かるたに託したのか」という血の通ったストーリーがビシビシと伝わってきました。 時に噂をユーモアで撃退し、時に地元のリアルな人間模様を教えてくれるその語り口は、まさにかるたの魅力を現代に繋ぐストーリーテラーそのものです。
しかし、上毛かるたの深淵はここからが本番。 次回お届けする後編(た〜わ)では、時代に合わせて今なお変化し続ける「生きている札」の秘密や、GHQの検閲と戦い、絵札の裏を真っ赤に染め上げた群馬の反骨精神(ら)の真相など、さらにディープで胸が熱くなる裏話が次々と飛び出します。
群馬が誇るあの歴史的英雄や、世界を驚かせた天才たちの真実に迫る後編を、ぜひお楽しみに!